次男の嫁帰省記(4)
- 2009/08/26(水) 08:04:24
義母は全部、義父を通しての文句である。
(たぶん義父は 義母の話を 聞いていない=右から左へ受け流している)
主人が
「ちょっと、切符を買いに出かけたいから 家の車、貸してくれへん?」
というと、 また 影で ぼやいているのが 聞こえてしまったらしい。。
電車で帰省している私らに
「自分の車も使わせたくない・」・みたいなことを
義父にもらしていた。
「タクシーで行けばええのに」
「何千円もかからへん」
「何千円て・・・・?
どんだけ節約して(青春18きっぷで帰省)
電車で来てると思ってんだよ・・・・・!」
義母は 主人(実の息子)の地雷を踏んでしまったのだ。
よく考えたら、田舎の人間と、東京の人間は
生活習慣も違う。
「タクシーを使えばええやん、大して何千円もかからへん」
という義母の考えは
「タクシーなんて贅沢者。
車があるんだったら貸してもらって後でガソリンを入れればいいじゃない?
たとえそれが無理なら不便でも歩いて20分かけて駅へ行くバス停へ行く。」
という、私らの“お金がもったいない”という考えとは違う。
どちらが正しいというわけでもない。
でも、主人が怒ったのは
「自分らの目の前で はっきり言ってほしい」 ということだったのだ。
主人と義母は、
この件で
けんかになってしまい、今度は
わたしが?!
わたしが
この二人の 仲裁をする羽目になってしまったのだ!!!
(私だっていろいろ言われて 相当参っているのに
何でまた私を仲裁させる???
はっきり言って ありえない親子!)
この親は かつて
「ウチの子等は 相手(妻)が苦労しないように、
なんでも手伝えるよう子育てしたけえ、
楽やと思うわ・・・」
といった 嫁に対しての名言がある。。。。。
余談ではありますが
息子の会社の社長に結婚時にお会いしたときの話。
自分の息子の自慢話を社長の前で悪びれた様子もなく堂々とし、
いまだに、目上の方に「自分の息子の自慢話は間違っていない」
と思っているところが怖い
結局、主人が怒ったことにより
私たちの田舎で過ごす時間は4泊予定が3泊になった。
残りの1泊は ビジネスホテルに泊まったのですが
これがまた結構いいホテルだったので
大満足!
いい思い出で終わらせた帰省休みでした。。。。
次男の嫁って 長男の嫁よりは
悪妻でいればうまくいく。。。なんて思っている私。
長男の嫁は誕生日やら父の日母の日に贈り物をしているのかもしれませんが
私は めったに送りません。
私が 遠くに住んでいるのに 近くにいるお義姉さんより
でしゃばったら 絶対お義姉さんに仕打ちが行くでしょう?
だから 悪妻 悪嫁でいいんです。
だからなのかな? 私も含めて
息子もあんまり可愛がってくれないみたいに見えるのは・・・・
おしまい。
次回更新未定・・・・
初体験ふたつ(o^∀^o)
- 2009/08/25(火) 13:36:03
その 1
* 緊急地震速報
今朝 テレビから流れてびっくり
「これから千葉 東京に強い地震!」
どうしょう! 父さん!父さん!
やたら亭主を呼び
「どうしたらいい?(°□°;)」
「火を消したら・?」
あ、そうか。
とにかくパニクってしまい、
次に私がしたこと。何だと思いますか?
家にある現金全部
カバンにいれましたよ。
情けない(^_^;)
その2
*chekotan、握手を求められる(o^∀^o)
いつものように
昼休み
いつものように
スーパーへ。
後ろから
「こんにちは、
K福J現党 ○○です。
わたくしの名刺受け取ってください。
すみません。お手を拝借。
(家族以外の人に手を握られる(‘o‘)ノ)
よろしくお願いします。」
(-_-#)(‘o‘)ノ
・・・・
私は この間
呆気に取られて
「は? はぁ。」
しか言ってなかったかと。(^_^;)
とにかくびっくり初体験ふたつでした。
追記:
でもねぇ
クチばっかりのマニフェストやら
それを、けなす おじさん。
今日の 握手の 君は
消費税ゼロだって。
だから 人が
信じられなくなるんだよね。
(無党派のひとりより)
次男の嫁帰省記(3)
- 2009/08/24(月) 21:03:33
最近は、ちょっと疲れ目(世界陸上の見すぎもあるかな?)
により、
日記をちょっとお休みしています。。。。
あしからず。
暇だったらご覧ください。。
帰省の時には、本当に気を使わなければならない日々が
数年続いていた。
毎年のように、夜になって子供が寝てからは
*「いつも ゆうたろ君が良くなりますようにって
いつもお願いしてるんよ」
(心の反論:知的障害児は 祈っても治りません・・・)
*「好き嫌いばかりさせないで“かむ”食事を与えなさい」
(心の反論:誰だってそんなことくらいは考えていますよ
全く私が何もやっていない、ご飯も作っていないと思っている。。。)
ま、きりがないのでもう省きますが。
今年も 帰省の気持ちの重みがドシッっと乗っかってきた。
まず、流し台にいくと 流しの壁・・・周囲にラップがバリケードされて貼ってある
(意味分かりますか?)
「??なに? これ、お義母さん、薬(塩素系?)かなにかやってるの??」
私が 水道水を出すのを躊躇すると、
「いや、 薬じゃなくて、はねた水で流しが汚れるのがイヤなんよ。
これなら掃除せんでも良かろう?」
「・・・あ・・・・そうね・・・・(無)」
トイレに入ると、 ぼっとん便所の便器の内側にまで
ラップが貼ってある・・??
汚れるのがイヤだから・・・・?ね。
掃除するのが大変だから・・・?ね。 ハイハイ。
さらに、和室の部屋を見てみると
豪華な座卓の足にはそれぞれに小さな座布団がしいてあり
さらに座卓の上に「電気掃除機」が乗っている・・・・?
「何じゃこりゃ。」
・ ・・・・・・・
そうだ、「畳が傷つかないように・・・」
座卓の足に座布団、掃除機も畳の上におくと傷つくから
座卓の上に乗っかっているのだ。 まぁ、変わっている・・・・
いざ。生活・・・
帰省して可愛がってもらったのは最初の1泊(1日)だけだった。
自分の家が他人によって汚されていくことが
気分を害する人だから
2泊過ぎるころには朝から機嫌が悪い。
ゆうたろが
皆と一緒にご飯が食べられない(時間差が出てしまう)と
(補足:すいません なかなか声かけしてもすぐには動けない子なんです)
「自分のやりたい仕事もたくさんあるのに・・・」と
おっしゃられ(一応丁寧語・・・)
「小さいときから厳しくしつけないといかんのよ」
(また私らのしつけが悪いと?かい?・・・)
でも今年は私に お義母さんは用事を頼んだ。。(ちょっと嬉)
「廊下と洗面台の掃除。頼むわ。 スリッパの裏を見たら
真っ黒だったんよ。。。。」
ま、ゆうたろの後始末をせえってことなんだけれど、
少しでも義母の気がまぎれるのであればお安い御用。。。
せっせとそうじをはじめると 義母もガムテープで廊下のごみを取り始めていた。
(あとあと、この行為が波紋を呼ぶこととなる。。。)
「お義母さん、なんとか拭き掃除終わりました。
もし足らないところがあったらふいて。
猫よりはマシだとはおもうけれど・・・」
「うん(みたいにうなずかれ・・・)、真っ黒だっただろ?」
(・・・・それほどでもないと思いますが・・・?)
その、「汚い原因」私ら家族でも、
自分ら家族が寝ている部屋だけは きれいにしようと
私は極力 ごみを取っていた。
出来れば、マイ コロコロ(テープ)を持って行きたかったのだが
電車での帰省のため荷物を送るのも馬鹿らしいので
ガムテープを少しずつもらってちぎりながら
自分から抜ける髪の毛(私 結構抜けてしまうんです)を
ペタペタと拾っていた。
もちろん、見かけたときには洗面台も 使ったあとのお風呂も
きちんと除去してはいたつもり。
それを 主人も 「私が気を使っている」のを 分かってくれていた。
が、・・・・
さきほど せっせと掃除していた廊下を
お義母さんがガムテープでペタペタ掃除してたときに
義父(自分の夫)に もらしているのを
主人が聞いてしまった。
「何でこんなに髪の毛が抜けるんやろか??」
主人は、私が気を使って髪の毛を自分で捨てているのを知っていたので
これは 自分の心の中だけにしまっておこうと思ったらしい。
(が、その日に起きた親子の喧嘩により私(嫁)にばれる事となる。)
これはねぇ・・・・ショックでしたよ。
抜け落ちるものは仕方ない、
自分でも髪の毛をとっていたのでねぇ。
次回へ続く・・
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次男の嫁帰省記(2)
- 2009/08/22(土) 08:54:12
義父は 今では無口だが、
主人が小さいころは頑固で「亭主関白」そのもの。
でも、嫁から見る義父は「優しい義父」である。
そして問題の
義母は無二のきれい好きである。
・・・これが本当に厄介なことなのである。。。。
わたしがお里に帰ったときに ちょっとふき取るような雑巾1つなくて
翌年にはマイ雑巾を持参したほど。
それぼど、汚れるたびにタオルやティッシュなどで
即ふき取る、ごみは即 袋を閉じるので
雑巾、ゴミ箱などもなかった。
台所も「自分の領域」感があり、
そこに踏み入って食器を洗うことをしていいものなのか
毎年のように気を使った。
わが子(ゆうたろ)が 4〜5歳くらいになったときには
すでに「知的障害」の認定が降りていたのだが、
あまりの衝動的なわが子の行動に対し、
義母のゆうたろに対する「しつけ」が厳しく始まっていた。
トイレで手を洗えば水が床へたれてしまう。
便器からだって多少の「そそう」はある。
ご飯を食べれば 食べこぼし
冷蔵庫をさわれば手の油だって取っ手につく。
ドアの開け閉めだって静かに出来ないときもある。
日本の旧家屋の塗り壁のため
壁をさわっただけで塗料が粉として廊下に落ちる。
= すべて自分の家がよごれる
子供では たとえ普通の子だって必ずあることだ。
それを 義母は「しつけ」しようと厳しくし始めたのだ。
でも理解の足らない子に1度や2度言ったって「無駄」というもので
ゆうたろに言っても無理だと分かった際には
(私に!!?)
「おかあさん(私)が常について見ていなさい」と言ってくる。
子供が用を足すときは、立っておしっこさせるな。
便器に座ってちんちんを便器の中に入れて外が汚れないようにして
「お母さん(私)が見てあげて」。
トイレでは手を洗わず洗面台で洗え。
「床がよごれるけぇ」、
タオルは床に水が垂れ落ちないように、
「お母さん(私)がすぐ差し出してあげて」。
冷蔵庫も「取っ手が油の手でさわられて ねちょねちょ。」
だから、
ご飯の時にはテーブルに広告紙が置かれ、
「この上にすべてこぼすように。」
子供が油の手にならないように
ティッシュをぬらしたおしぼり??を必ず渡され
「これでふき取ってからさわってくれ。」と。
学校に行くようになってからは宿題持参で帰省するので、
*「消しゴムで消すときには、ガムテープで出るカスをとってな・・・(ペタペタ)」
ゆうたろに教え込んでいる。
その後、もちろん私にも
「見ていてあげてな・・・」
義母は
義兄夫婦の子供たちについても 引き合いに出す。
「あの二人はきちんとできるんよ」 と、
毎年うちのゆうたろは必ず比較される。
ていうより、おばあちゃんちに行くときは気を使わなければいけないって
甥 姪 は 理解できてるから やれるんだと思うのだが。。。
そんなゆうたろにも、障害があるとはいえ「自分の意思」がある。
お母さんにしつこく手助けされたら・・・ いつも母につきまとわられたら・・・
誰だって いやだよね。。。
今度はゆうたろが 私に怒り出す。
(ゆうたろも 気を使ってよぉ 母さんの気持ちをくんでくれよぉ)
(そういうことは まだ理解は出来ないのが大変なんだよね)
でもね、それにしても
子供は子供らしく おしっこしてもいいし、
汚してもいいじゃない?? というのが私の考え。
このころには、私と 義母の 考え方、しつけ方の食い違いが
明らかになっていた。
それを実の息子=主人は 私の考えを優先に考えてはくれていたが
やはり親は親。
どっちも方を持ちたいという表情が顔に表れていた。
次回へ続く・・
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次男の嫁帰省記(1)
- 2009/08/21(金) 08:19:04
ここ数日間、こんな記録を書き込んでおりました。
次男の嫁記
暇だったら見てください。
しつこいですが 何回か続きますので・・・
今年も 田舎へ帰る日がやってきた。
ここ何年かは私の実家にだってそう帰れず、
1年間に3〜4泊くらいになってしまったので
主人の実家に行く泊数とトータルで変わらない。
田舎はゆったりとしたいいところだけれど、やはり・・気が重くなる。
そんな私ら夫婦も結婚当初は 義父母とは仲良かったのだ。
そのころは、実家には義兄(長男)夫婦が両親と同居していた。
義兄夫婦が結婚するときに義母は
「一緒に暮らしたくないんやったら 出ていってもええんよ」と、
別居を促していたようだが
義兄夫婦は
「一緒でいい・・・」
結局 実家駐車場の上(2階)に2DKばかりの「離れ」を建てた。
同じ玄関、お風呂で キッチン、トイレだけは別ということになる。
私ら夫婦が帰省した際に 見ていた光景・・・そうねぇ。
お義姉さんは
お風呂に入るのにもいちいち声掛けしなければいけないし、
ちょっと遅くまで寝ていたら「あの子はのんびりしてるけぇ」
なんて私らの前で言われて
居づらいようではあった。
義兄夫婦が「離れ」に住んでからしばらくして
お義兄さん夫婦に男の子が誕生。
それからまた数年後に 私ら夫婦にも男の子(ゆうたろ)が生まれ
お義兄さん夫婦にも第2子(女の子)が生まれた。
わが子を連れて東京からはじめての帰省時、赤ちゃん幼児が3人もそろい
どっと混んだ合同生活を体験。
でもそれが わが○○家の最後の合同生活だった。
風の便りで
「兄夫婦が一軒家を建てて家を出て行った・・・」 と。
あの時は
「せっかく「離れ」を建ててもらったのに。
だったら最初から別居すればよかったんだよ」
主人は相当実兄夫婦に腹を立てていた。
でもね、
今では
「だから出て行ったんだよ」 と思えるようになったことに間違いはない。
実の息子にも お義母さんは そう思われてしまったんだ。
次回へ続く・・・
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